
富山県の歴史について古代~現代にかけてまとめてみました。
今から1300年以上前の昔、北陸地方一帯は「越(高志・古志)の国」と呼ばれていました。
それが7世紀末に越前、越中、越後の3つに分かれ越中の国府は、今の高岡市伏木におかれました。
武士による争いが繰り返された時代、越中でも源平による「倶利伽羅峠の戦い」に始まり、
戦国時代の一向一揆、上杉・織田の両勢力の侵入など、激しい争いが続きました。
天正11年、越中は織田氏の武将、佐々成政により殆どが統一されました。
その後、越中4郡は加賀藩前田氏の領国となりましたが、寛永16年に婦負郡と新川郡の一部が
『富山藩』として分けられ、前田利次が初代の富山藩主となりました。
明治4年、廃藩置県により越中のうち旧・富山藩領は富山県に、旧・加賀藩領は
金沢県の一部となりました。一時、越中の全部が石川県に入れられるような事もありましたが、
分県運動が起こり明治16年5月、現在の『富山県』が生まれました。